いつしかの夜咄と、うつらうつらとしていた。
デザイナー自身が幼い頃から現在までの間に知覚した幾重の“現実”から思い描いた、夢想の産物。山岸慎平はそれらのフィクションによって生み出されたコレクションを「おとぎ話や絵本のような世界」だと喩え、「いわば、自分の記憶を掘り起こして作った架空の幼少期──もしくは、自分自身が憧憬する父親像──を捉えた一幕のロードムービーのようだ」と話しました。
彼が、この世に生を受けたばかりのひとりの小さな家族と過ごす喜びのひと時は、誕生の歓喜の先で、自身が漁村街で生まれ育ち、映画や雑誌の中にいる心惹かれる人々を介して、都会や、理想の人物に憧れを抱いていた事実を呼び起こしました。そして、父という当事者となり、親から子に捧げられてきた恩愛を、自身の過去の中に懐古とともに再発見していきました。過去に向かうノスタルジーが、自身の未来のリアリティとすべからく結びついたのです。「彼女にビートルズを聴かせても泣き止むことはないのです。しかし、私は自分を律するためにも理想を失うことは望まない。体感した現実のかすみを置いてけぼりにして、口笛を吹きながら夢をみていたい。誰ひとりとして、私の理想を罰することはできないのです」
ハイエンドなウール地のストール付きのシャツやジャケット、上品なコーディロイ、「都会のファッションの象徴だと今も昔も捉えている」というシルクボアの極端なロングコート──「実際のところ、両親は“これら”を着ていたわけではない」と山岸は語り添えます。映画や小説、絵画の中にかつての彼が見た、多彩な夢のような人々の姿は、胸が高鳴る浮遊したイメージとなり、姿形を得ることでファッションとなっていくのです。アメリカ映画で活写されていたよき父の姿から連想したプライマリーカラーのダウンベスト、あまく織られたデニム、踊り舞台にふさわしくラメ糸が静謐にきらめくニットやトラウザーズ、1960年代のイギリスの邸宅の壁紙をベルベッドで仕上げたオーセンティックなシャツ、高貴な佇まいが融和したレイヤードされたジレとシャツ、バイオリンのシェイプを思わせるラペル──デザイナーの過去には存在しないが、夢の中の世界と、その登場人物には必要とされる「ご褒美のような服」が、上質なファブリックとカッティングによって本質的な贅沢を体現しているのです。“Piano by MAMA”と題されたハート型の缶バッチにも濃縮した、コレクションが内包する楽観的なムードをたたえるのは、ブランドの永遠的なアイデンティティと接続するオリジナルのスリムシルエットのテーラードジャケット、ブーツカットシェイプのトラウザーズ、不変のシンボルとなっている2022年秋冬コレクションから引き継がれているいびつな星やスパークルを象った金属のボタンと、一輪の造花にあります。
へこんだシルクハットを被り、大きな傘をさして、ゆらゆらと夜空から降り立ってくる──これから思いがけずに良い物語が始まる予感と期待を掻き立てる──そうした絵本のような一幕が、デザイナーの主観から眺望される風景と人々の佇まいをデザインしてきたBED j.w. FORDの、2023年秋冬のイメージと結びついているのです。バイオグラフィには記されない、もう一つのセルフ・イントロダクションともいえるでしょう。
Designer: Shinpei Yamagishi
Show Director: Michio Hoshina in PLANKTON
Styling and Casting Direction: BED j.w. FORD
Hair Artist: Mikio
Make-Up Artist: Tamayo Yamamoto
Photographer: Genki Nishikawa in mild inc.
Videographer: MIMO Shinohara
Art Director & Writer: Tatsuya Yamaguchi
Press: Keitaro Nagasaka in Sakas PR