榎本光希がデザインを手掛けるATTACHMENTとVEINのふたつのブランドが、それぞれの特性を体現しながらランウェイの時間と空間を共有したことは、デザイナー自身の渾然としたマインドセットを象徴する出来事だったといえます。彼は「どちらも、異なる関係性で自分自身と結びついているというシンプルな事実が自明になっていった」のだと語りました。たとえば、なだらかだがはっきりとした転換とともに、いくつかのルックが空間上に共存した光景はこれからのブランドの在り方を示すステイトメントでもありました。
「人間の真相に染み込んでいくような“普遍性”のある美を探求するATTACHMENT、人間の内面から激しく湧き上がる“衝動的な感情”を携えたVEIN。制作において付き纏う対照的な感情が、決裂も一体化もしない方法でより良くクリエイションに反映できないだろうか。ふたつのブランドの同時発表を決断し、外見的差異を越えてそれぞれの根幹にある精神性を区分けすることができたことで、混合していた霞が晴れていく感覚があったのです。ひとりの人間から生み出されることをはっきりと自覚すると、自分なりの切り分け方だけでなく、デザインを介した無意識的な交錯さえも捉えることができたのです」
水平線、あるいは今にも消えそうな細やかなグリッドのみで構成された絵画を描き続けた、カナダ人女性アーティストのアグネス・マーティン(1912-2004)は、「HORIZON」と題したATTACHMENTの2023年春夏コレクションと深い共鳴を果たしました。空に消えゆくような淡いカラーパレットや、厳密性を失ったフラジャイルな線がテキスタイルに反映されただけでなく、キャンバスに描く最低限のエッセンス──均等に引かれたアグネスの線は一本一本が手で描かれている──によって純粋で新しい光景を想起させるアグネスの作品は、パターンメイキングや細やかながら機能と確信を内包するディテールを誘引していく、ATTACHMENTのシンプリシティの哲学とも重なっていきました。
「彼女は、瞑想するように描かれた自身の抽象画にあるのは『溶け込んでいくような、あるいは形態をなくした形の無さについての光と明るさ』だと語ります」。現代社会とその暮らしにふさわしい合理性と共にあるデザインを探求するATTACHMENTにおいて、「着る人の人生に溶け込んでいく洋服であろうとすることは、デザインを深めていく重大な手がかりとなった」といいます。他方、デザイナーが青春時代に実際に着用していたという2000年代のアーカイヴであるシャツにみられるシュリンク加工や、内側に湾曲するバナナデニムのシェイプをリブートしたことは、「自分が好きなブランド像の直接的な引用によって、私自身とブランドのつながりを個人的に明確にしながらも、既存のファンと共有もできる、ブランドの普遍性と重ねることができた」のだといいます。
一方のVEINは、デザイナーの──あるいは人々の──個人的な衝動と紐づくことがより鮮明になっていきました。20世紀、戦後のフランス絵画を切り開いた作家としても知られるジャン・フォートリエ(1898-1964)の、第二次世界大戦下に描かれた連作『人質』に立ち現れている、おどろおどろしく歪み、抽象的な人物像は「具象によって描き切ることのできない人類の暴力を証言している」と、作品に対峙した榎本は感じたのだという。「絵画の素材感があらわな独自の表現方法は、絵画の役割を外界の描写から解放し、画家の行為の場へと、そして絵画という物質とイメージとが混淆し詩情を醸し出す場へと転じました」。そうした詩情の出現に、VEINの中核があったことがリマインドされたのです。
イレギュラーやクラッシュのエッセンスを前景化、フォルムを解体することのできるアジャスタブルなディテールを多用したVEINの2023年春夏コレクション「INFORMEL」は、ジャン・フォートリエの作品に加え、作家としての人生観からも多くの着想を得ています。深淵な闇とおぼつかない光の痕跡を直感させるカラーパレットだけではありません。形態を失いながらも具像を見出さんとする態度は、抽象性が高い衝動的なドローイング、不規則性を漂わせるビジュアル、ブランドのベーシックともいえるドローコードの仕様、さらにはジップアップの立体的なドッキングによってアイテム単体の佇まいを可変的なものとしていくアグレッシブな仕立てにも反映されています。VEINのシグネチャでもある、巨大サイズの服を解体し折りたたむように再構築した「リサイズ」シリーズは、カットソーからボトムスまで、エモーショナルな表情にアップデートされています。
Designer: Koki Enomoto
Show Director: Michio Hoshina (PLANKTON)
Stylist: Shotaro Yamaguchi (eight peace)
Hair Stylist: Kazuhiro Naka (KiKi inc.)
Make-up Artist: Suzuki
Casting Director: Taka Arakawa (ALTER)
Show Music by: Yoshinori Hayashi (Smalltown Supersound/Going Good)
Japan PR: Sakas PR
Movie Director: Genki Nishikawa (MILD inc.)
Runway Photographer: Hiroyuki Kamo
Backstage Photographer: Riku Ikeya
Writer: Tatsuya Yamaguchi