東京・渋谷のSpotify O-EASTとWOMBを舞台に3日間開催された電子音楽とデジタルアートの祭典「MUTEK.JP」。音楽と映像が融合し新たな感覚的体験を生み出したこのイベントでは、伝統と革新が織り成すコントラスト、静寂の中に潜む緊張感、そして熱狂の爆発が交錯する場面の連続。アーティストたちはそれぞれの表現を通じて観客を未知の音響と視覚の世界へと引き込み、記憶に残る強烈なインパクトを生み出していた。その中でも特に印象的だったパフォーマンスをいくつか取り上げて余韻を振り返る。
Photography: Shigeo Gomi
Writing: KanouKaoru
Edit: Hiroto Hoshina
Day 1
Milian Mori × Toru Izumida
「Cosmic Artist」を自称するスイスの電子音楽家Milian Moriと、オーディオビジュアルイベント「Public Visuals」を主宰するToru Izumidaによるオーディオビジュアルパフォーマンス。全編を通じて多層的で実験的な構造が特徴的だったが、その中でも印象的だったのが『方丈記』をモチーフにしたセクションだ。スクリーンに高速で映し出されるテキストと重なるように響く朗読の音声が『方丈記』からの引用であることを示唆していた。古文特有のリズムと響きは、現代語では得られない独特の余韻を残しカットアップやポエトリーリーディングとも異なる新鮮な感覚を生み出すことに気付かされる。一方で、Milian Moriの紡ぐ音楽は重厚なベースとミニマルなビートを核に、鋭さと揺らぎを兼ね備えたサウンドスケープを展開。伝統文学の静謐な世界観と現代の電子音楽のダイナミズムが交錯する場が現出した。やがて音と映像が静かに収束していくと空間にはただ深い余韻が残り続けた。
Caterina Barbieri × Ruben Spini
イタリア出身のサウンドアーティストCaterina BarbieriとビジュアルアーティストのRuben Spiniによるパフォーマンスは、音楽と映像が一体となり、時間を超えた詩的な物語を紡ぎ出すような体験を提供した。スモークに包まれたステージで、Caterina Barbieriはモジュラーシンセを駆使し、轟然と響くベースと反復的なアルペジオを織り上げる。その積み重ねによって生まれる重層的な和音は純粋な音響空間を創造し、観客を夢幻的な世界へと誘う。『Replica』期のOneohtrix Point Neverを彷彿とさせるような退廃的で郷愁を誘う美しさが漂う中で、Caterina Barbieriの独自の感性が際立っていた。やがて妖艶なロングトーンのボーカルが絡み合い、音響はさらに複雑に変容していく。古代的で根源的な響きが会場を包み込み、雷鳴や大地の震え、生命の鼓動を想起させる音の波が広がる中、音楽は有機的なエネルギーを帯びていく。Ruben Spiniによるビジュアルは、雷のような照明の煌めきやアトモスフェリックな映像が音楽と調和しながら空間をさらに引き立てていた。
Day 2
Meuko! Meuko! × NONEYE
台湾・台北を拠点に活動するプロデューサーMeuko! Meuko!は、NAXS Corp.の共同設立者でメディアアーティストのNONEYEとのコラボレーションによるパフォーマンスを披露。CGによるゲームのようなダークで幻想的な世界観が広がり、仰々しい骸骨や木々に溶け込んだ寺院、Sci-Fiな回廊、積み上げられたサーバ群など、宗教的かつ未来的なビジュアルが展開された。NONEYEが手掛けた映像は、現実と非現実が交錯する世界観を巧みに表現し、音楽との相乗効果で観客を深い没入感へと誘っていた。Meuko! Meuko!のサウンドは、グリッチ、エクスペリメンタル、ディープテクノを基盤としたアグレッシブでダンサブルなもの。そこに宗教的で土着的な音楽の要素が絡んでいく。ライブでは時にデスクに飛び乗るような大胆な動きも見せ、重厚で激しいパフォーマンスが彼女たちが取り組む「孤立」と「抵抗」といったテーマを一層強調していた。
VMO a.k.a Violent Magic Orchestra
MUTEKのラインナップにおいて、VMOはとりわけ異質に映る。エレクトロニクスとブラックメタルの衝突から生まれる肉体的な激しい音響体験は、このフェスティバルの枠組みを押し広げる挑戦そのものだった。ザスターのボーカルはノイジーで凶暴。絶叫のごときシャウトがフロア全体を貫き、会場の空気を完全に掌握していた。おそらくブラックメタルをふだん聴いているリスナーはMUTEKの観客の中では少数派だろう。しかし、そのエッジの効いた暴力的なサウンドとステージングは圧倒的な存在感を放っていた。終盤には、激しいノイズと重低音の渦の中から突然現れる神聖な響きが、観客を異次元へと誘った。混沌の中に潜む秩序、破壊と創造が交錯する音の世界。VMOの音楽は、単なるジャンルの融合にとどまらず、全く新しい体験を創り上げていた。この夜VMOはMUTEKという実験的なプラットフォームの中で、エレクトロニクスとブラックメタルが交差する未知の可能性を力強く提示し、観客に鮮烈な衝撃を残した。
Day 3
Masayoshi Fujita × 100LDK
渡り鳥の旅路からインスピレーションを得た3年ぶりの新作『Migratory』を携え、Masayoshi Fujitaが3日目のステージに登場した。軽やかな音色をマレットで奏でる伝統的なスタイルとは異なる彼のアプローチには、多くの観客が目と耳を研ぎ澄ませていた。Masayoshi Fujitaはシロフォンの上に多様な打楽器を並べて鳴らしたり、弓でヴィブラフォンの音色を引き伸ばしたりと様々な演奏技法を繰り出す。そして深いリバーブやグラニュラーなどエフェクトも用いて音響の幅を広げていく。単なる楽器としてのヴィブラフォンにとどまらず、まるで時間そのものを操るような独創的な演奏が展開された。その音色は、渡り鳥の旅路に響く風や、遠い森の奥から聞こえてくる自然の囁きにも似た豊かな情感を湛えていた。背後のスクリーンには、森や霧、水といった幻想的な自然の映像が映し出され、音楽と視覚が溶け合う没入感を演出していた。これらのビジュアルはMasayoshi Fujitaの音楽の持つ詩的な側面をより引き立て、観客にとって視覚と聴覚が一体化するような体験を提供した。この夜、Masayoshi Fujitaの音楽はアンビエントという枠を超え、旅の儚さや自然の神秘、そして楽器そのものの可能性を探るものだった。静けさと動きを内包する音響風景が紡ぎ出すのは、観客に時間を忘れさせるような不思議な感覚。MUTEKという舞台で、彼はヴィブラフォンを使ってその音楽の新たな表現方法を提示し、独自の音響世界をさらに深めていた。
Iglooghost
最終日のクロージングを務めたのは、最新アルバム『Tidal Memory Exo』を引っ提げて今年2度目の来日となるアイルランド出身のプロデューサーIglooghost。強烈なドリルンベースやトラップ、IDM、ヒップホップを巧みに駆使し、ジャンルを超えた激しい音の波を生み出す彼のパフォーマンスは、観客を圧倒していた。また、アルバムでボーカリストとしての挑戦にも取り組んでいた彼は、そのパフォーマンスも余すことなく披露していた。ビジュアル面では、アルバムのリードトラック「Coral Mimic」のミュージックビデオに通じる化石やモンスターをテーマにした映像やモチーフがステージに配され、Iglooghost独自の奇妙で幻想的な世界観が視覚的にも表現されていた。また、ライブの冒頭で披露されたモンスターの卵を調査するという寸劇的なパフォーマンスも、彼のビジョンが観客に鮮明に伝わるユニークな取り組みだったように思う。UKベースミュージックの最前線を行く彼のパフォーマンスは、期待を裏切らないすばらしいものだった。