Noahの音楽からは、いつも情景が浮かんでくる。
ファースト・アルバム『Sivutie』では白昼夢の光景を表現した彼女が、今回リリースする『Noire』は、夜の世界の音楽。『Sivutie』から昨年リリースしたEP『Étoile』の間の5年という期間に少しずつ綴ってきた童話集だ。繊細なピアノやヴォーカルのループは、胎動するように蠢くビートに導かれながら少しずつ変化を続けていく。言葉数の少ない人が内に秘めた情熱のような親密さ、まどろみと覚醒の狭間で視るリアルな非現実……
今回のインタビューでは、彼女がアルバムのコンセプトに至った経緯や創作に対する意識の在り方等を聞くことができた。

Interview: KanouKaoru
Photo: Takehito Goto

──童話の中にある夜の情景をイメージしたと伺いました。そのアイデアは制作初期からあったのでしょうか。

2015年だったでしょうか、たしか所属する〈FLAU〉のオーナーでもあるausさんの音源を聴いていたら、全体的に音像が遠いところで鳴ってるような面白い感じだったんです。それに感化されて、すぐに作業に取り掛かって……恐らく数時間とかでバーッと作ったのが1曲目の「twirling」でした。自分でとても気に入ったので、その曲を発表するための場所としてアルバムを作ろうとずっと決めていました。
最初はアルバム全体として、夜のひとりの時間に寄り添えるようなものにしたいなとだけぼんやり考えていました。でもそれだけだと、少し弱くてなかなか方向性が見えず『Noire』の制作は少し横に置いて、ライブやミニアルバム制作など他の活動をしていました。
それが、2019年頃に童話のイメージと繋がったことでアルバムのコンセプトがようやく見つかり、そこから一気に完成に向けて制作が加速しました。1曲1曲は数年の間でその都度制作にあたったもので繋がりがあるわけではないけれど、コンセプトを通して繋がりを見い出すことができたので、ひとつのアルバムにまとめるに至りました。

──本作に具体的に影響を与えた童話作品はありますか。

一番大きかったのはアニメーションで観た『白鳥の湖』です。夜の湖の木陰で、白鳥から人間に姿を変えるシーンの幻想的な光の描写に魅了されてしまい、何度も観ているうちにアルバムのコンセプトを思い付きました。
他にも題材にしている童話作品はいくつかありますが、童話の世界観に加えて夜という点もとても重要です。暗いからこそ見えてくるもの、感じられる世界というテーマがどうも好きみたいなんです。

──作品を制作するのはやはり夜なのでしょうか。

そうですね、朝はめっきり弱いので、基本的に日中は私使い物にならないんです(笑)
夜は静かだし、なんだか街も落ち着いて感じるのでリラックスしているし集中しやすいです。何気なく遊んでいるうちに、熱中しだして気付くと真夜中〜みたいなことはよくあります。

──様々なソースによる美しいループや存在感のあるダウンテンポなビート、それらの配置や細かなエディットの積み重ねがあなたの作品の大きな魅力の1つだと感じています。音に対するバランス感覚はどのように培ったのでしょうか。影響を与えたループ・ミュージックがあれば教えて下さい。

ありがとうございます。
まず音楽的な部分では、制作当初からなるべく少ない音数でもギリギリ成立するくらいの塩梅をやりたいなと思っていました。制作の流れで今回はそれほどやりきれなかったのですが、なるべく意識はしています。
直接影響受けた曲を上げるとすると、聞いていたのはかなり前ですがRepeat Patternの「BRISK MANNER (feat. El Stoof)」でしょうか。コードが捉えづらい感じとか要素が少なくても聴けてしまうのが面白いです。
少ない要素でも音楽的に1つの線で辛うじて繋がっている〜みたいな構成はドキっとするからとても好きです。シンプルで聴きやすいですしね。
ビートは苦手なので作曲を始めた当初から色んな人を参考にしてきましたが、カリフォルニアのSELA.君や、カナダのJessy Lanzaさんは特にシンプルで参考にしやすかったです。
今はもっと自己流で、一旦作ったループから音を抜けるだけ抜いたりだとか、曲にもよりますが削ぎ落とす量は年々増えているように思います。

──音楽以外の分野からも何かしら影響を受けたことはありますか。

2010年に観たミニマル・アートの村上友晴さんの展覧会は、私が最初にミニマル的な概念を認識したという意味で大きかったと思います。
当時ボーイフレンドに連れられて、真っ黒に塗りつぶされたキャンバスが長い廊下にひたすら並べられていたり、だだっ広い部屋に椅子が1脚ぽつんと置いてあったりするのを、ぽか〜んという感じでただ観ていました。今振り返るとあの時“ミニマル”という概念を視覚的に捉えた経験がずっと後々までバランス感覚やものの考え方に活きているように感じます。ミニマリズムを通して広がった世界って確実にあるなって感じます。

──制作期間中には東京への移住、コロナ禍と現実世界の大きな変化もありました。それらは制作に何か影響を与えましたか。

このアルバムに関しては、住む場所にそれほど影響を受けていないように思います。そういった一時的なことというよりも、もっと自分の中で長年密やかに蓄積されてきた記憶と想像が入り混じったようなものをやっと音楽の上で表に出せたという感覚に近いかも知れません。
コロナ禍含め、時代そのものの大きな流れの変化の中で、私が音楽をやる意味だとか、根本的な部分をじっくり見つめ直す時間が増えました。そういったことで、制作の後半では特に、アルバムを自分なりに深めることができました。

──「gemini ― mysterious lot」のビデオについて。以前『Thirty』の「像自己」のビデオにも携わったTakehito GotoとJohn Smithの2人が制作に関わっていますね。今回のビデオを作る際に何かリクエストはされましたか。

今回のビデオでは、全体に「不思議の国のアリスが夢から目覚める寸前みたいな、わちゃわちゃした目まぐるしい映像」がいいなとイメージがあり最初はゾートロープの作品を中心に作家さんを探していたんです。でもなかなか引き受けてくれる人が見つからないという時にたまたま、ジョンさんがインスタグラムのストーリーでAIの機械学習を取り入れた旋回する映像の試作をやっていてそれを目にしたとき、これじゃん!てピンと来てすぐメッセージしました。
無限に続くような、いつまでも観ていたい感じがゾートロープと似ているし、こんなことを叶えてくれる人がかなり身近にいたことに驚きました。
あとは、日本で私の撮影の際、風を当てて髪がなびくやつ、やりたい!とリクエストしました。

──最後に今後の予定について教えて下さい。

近年は作ることよりも、即興的に奏でたり歌ったりする方に気持ちが向く傾向にあります。そういった中で、いくつか今までと違う人たちとのコラボレーションも徐々にスタートしています。どんな形になるかまだ分かりませんが、何か形として残すことよりも、その場で誰かと味わったり楽しめる機会が増えていくのかなと思っています。
ライブは今のところ11月に東京で予定しています。

New Release

Title: Noire
CAT No. FLAU95
Release Date: 2022-8-26
Format: LP/DIGITAL

Tracklist:
1. twirling
2. odette
3. lamp
4. back
5. shadow
6. gemini ― mysterious lot
7. cheshire
8. voice
9. summer ends

購入・試聴:
https://flau.lnk.to/Noah-Noire

リリース詳細:
https://flau.jp/releases/noire/

Noah

北海道出身の音楽家。子どもの頃から慣れ親しんできたピアノの繊細さ、ミニマルなビートとR&Bの要素、VaporwaveのLo-Fiさとノスタルジーが同居する彼女の楽曲には、妖艶さと可憐さを併せ持った独創的な個性が形作られている。3枚のミックステープに続くファーストアルバム「Sivutie」をFLAUよりリリース、英ガーディアンでMura Masa、Little Simz、Tinkらと共に同年のBest New Bands5組に選ばれた他、The FADER、NYLON、NOWNESS、DAZED & CONFUSEDなどでもピックアップされる。イギリスのプロデューサーkidkanevilとのプロジェクトnemui pjや、Teams、Repeat Patternと共にコンセプトアルバム「KWAIDAN」、SELA.やJoni Voidへの客演を経て、ミニアルバム「Thirty」(2019)、EP「Étoile」(2021)を発表。

Noahのプロダクションは常に実験的で、変化し続けている。R&Bのフィーリングであれ、エレクトロのLo-Fiな魔法であれ、彼女の音楽はミステリアスな美しさに満ちている。そして常に、その声は神秘的なサウンドスケープの中で、幻のようにエモーショナルに紡がれている。